不貞・不倫の慰謝料
不貞・不倫の慰謝料とは
不貞行為・不倫の登場人物は,婚姻関係にある夫婦,そして,その一方と男女の関係を持った者の3者です。
不貞行為・不倫は,婚姻関係にある夫婦の平穏な婚姻生活を送る権利を侵害する行為であるとして,民法上,不法行為に該当します。
そのため,不法行為による損害賠償請求権・損害賠償義務が発生します。
不貞・不倫による損害のうち,この不法行為によって被った精神的な苦痛を金銭的に評価したものが,慰謝料です。
この慰謝料は,請求する場合と,請求される場合とで,知っておくべき知識や注意点などが大きく変わってきます。
また,不貞・不倫の当事者のうち,婚姻関係にある側とそうでない側とでも,置かれている状況は異なります。
以下では,慰謝料を請求される人,つまり不貞関係にある当事者のうちの,婚姻関係にない側の人の立場から,慰謝料請求の実際をとりあげます。
他方,慰謝料を請求する人は,以下の諸点を反対の立場から捉えることになります。
どのようにして請求されるか
(1)本人から請求がある場合と,(2)代理人弁護士から請求がある場合が考えられます。
まず,本人からの場合は,内容証明郵便などの書面のこともありますが,電話や面談,メールなどで請求されることも少なくないです。
他方,代理人弁護士の場合は,文書で請求されることが一般的で,内容証明郵便によることが多いです。
もっとも,内容証明郵便ではなく,単なる簡易書留,あるいは普通郵便,FAXなどによることもあります。
また,代理人弁護士の場合であっても,郵便ではなく敢えて電話やメールという手段がとられることもあります。
特に不貞をした人にも配偶者がいて,その配偶者は不貞のことを知らないケースでは郵便だと不貞のことが明らかになるおそれがあることから,敢えて郵便を回避することがあります。
不貞をした人が配偶者に知られたくない場合は,その状態を維持することによって交渉を有利に進めることができるという利点があるためです。
また,ダブル不倫のような場合,請求した相手の配偶者から自分の配偶者に慰謝料請求される可能性も出てくるので,婚姻関係の継続を望む場合は,不貞をした人の配偶者に知られないようにするために郵便を控えることもあります。
このように,まずは「請求のされ方」から,その背景や理由,ねらいなどを考えることが大切です。
請求額やその他の要求がどうなっているか?
いくら請求するかは自由と言えば自由です。
訴訟の場合は請求金額によって裁判所に納める手数料が変わりますが,訴訟外で請求する分にはいくら請求してもコストは変わりません。
また,和解で終わるにしても最初は高めに請求した方が最終的により高額で合意に至ると考える人が少なくないです。
そのため,どうしても請求金額は相当額よりも高めになりがちです。
その結果,本来支払うべき慰謝料よりも高額の請求となっていることもあります。
また,最低これだけは支払わせたいと思っている金額よりも高めに請求している場合もあります。
そのため,もちろん金額にもよりますが,請求された金額の慰謝料の支払にそのまま簡単に応じることは,時には必ずしも賢明ではありません。
また,軽々に慰謝料の支払を約束する書面にサインしないよう気をつける必要があります。
たとえ手書きで書かれたものであっても,様式が整っていれば法的な効力があることに変わりはなく,また,口頭でも安易に認めないよう注意を払う必要があります。
対面や電話での会話を録音されている可能性もあり,内容いかんによってはそれだけでも十分な法的効力が認められることもあります。
また,事実上と言えども,いったん「○○万円を払います。」といったことを伝えてしまうと,それが高額に過ぎる場合であっても,その後の交渉では「相当額」まで下げることが難しくなるので注意が必要です。
したがって,請求された側としては,好条件でないかぎり簡単には支払に応じないことが大切で,まずは慎重に考えるための時間を求めることも重要です。
そして,慰謝料の請求とともに,今後,不貞相手とは関係を持たないことや連絡をとらないことが求められることがあります。
請求する側が婚姻関係の継続を希望している,あるいはその余地を残している場合に,このような要求がなされます。
そのような場合,安易に不貞関係を続けてしまうと,相手方は態度を硬化させてしまい,解決が困難となることもありますので,注意を要します。
また,弁護士が付いている場合は,今後は相手方本人には連絡しないことも求められるのが通常です。
そうであるにもかかわらず,相手方本人の方が与しやすいと考えて引き続き相手方本人と連絡をとるようなことがあれば,友好的に解決に向けて交渉することが難しくなることもありますので,やはり控える必要があります。
弁護士をつけるか自分で対応するか
この点は,相手方が弁護士を付けているかどうかによっても対応が異なってきます。
まず,相手方が弁護士を付けている場合,立場的に不利なだけでなく,どうしても知識や交渉力で劣ります。
弁護士費用を惜しむばかりに,かえって支払の負担が増える結果となったり,あるいは自分で対応して心身に多大な負担となるようでは本末転倒です。
この場合は,こちらも弁護士に依頼する,あるいは,少なくとも弁護士に相談しながら自ら対応することをお勧めします。
他方,相手方が弁護士を付けていない場合,こちらが先に付けることによるデメリットもあります。
特に金額面で折り合いがつかないケースでは,「弁護士に払うお金があるのであれば,こちらに支払うべきである。」という思いを相手方に与える可能性もあります。
しかし,もちろん先に付けることによるメリットもあります。
どうしても不利な立場にあるところ,本人だと相手方から感情的な対応を受けがちです。
弁護士を立てることで,「あるべき交渉」に持ち込むことが期待できます。
弁護士に委任した場合は,窓口が全面的にその代理人弁護士となるので,本人が相手方やその代理人弁護士と直接やり取りをすることがなくなるというのは大きなメリットです。
また,相手方が弁護士を付けていない場合,こちらが弁護士を付けることで,向こうも弁護士を付けてくることがよくあります。
双方に弁護士に付いた方が交渉がスムーズに進むことが多く,法的に妥当な解決が早期に図られることが期待できます。
さらに,相手方がこちらの配偶者や勤務先に接触しようとしている場合は,弁護士を立てた方が,そのような動きを阻止しやすいという面もあります。
このあたりは,相手方のタイプによるところが大きいので,弁護士を正式に付ける,あるいは,弁護士の助言を適宜仰ぎながら,あくまでも本人として対応するかを見極める必要があります。
このように弁護士をつけるかどうかについても,やはり戦略的にとりくむ必要があります。
なお,こちらが弁護士を付ける場合は,付ける目的をよく考えて,そのためのベストの弁護士を依頼すべきであって,そのためにも複数の弁護士に相談に行くことをお勧めします。
また,弁護士に依頼したものの,進め方がしっくりこないときは,別の弁護士にセカンドオピニオンを求めることも考えられます。
慰謝料の「相場」
よく慰謝料の「相場」という言い方がされます。
また,インターネットでも,いくつかの項目を入力して自動的に慰謝料を算出してくれるサイトもあります。
しかし,訴訟では,次のような様々な事情を総合的に考慮して算出されます。
- 婚姻当事者の年齢や婚姻期間,子どもの有無や状況
- 婚姻関係の状態(事実上破たんしていると言えなくとも良好ではなかったかなど)
- 不貞関係が始まった経緯
- 不貞関係の期間や不貞行為の回数
- 不貞関係が継続することになった要因
- 不貞行為によって妊娠・中絶したり子どもが生まれた事実の有無
- 不貞関係が発覚した後の関係者の言動
- 婚姻関係への影響(別居や離婚が成立しているかなど)
- 不貞行為の被害者への影響(診療内科を受診したり休職したりしているかなど)
10) 関係者の収入や財産状況
これらはあくまでも主要な要素であって,他にも様々な事情が総合的に考慮されます。
しかも,訴訟となった場合の担当裁判官の考え方や相手方やこちらの主張・立証の巧拙などによっても判決や訴訟上の和解における慰謝料額は大いに変わってきます。
したがって,たとえ数十万円程度の誤差を持たせても判決予想を立てることは困難であるというのが実際のところです。
もっとも,現実には400~500万円といった水準の慰謝料が認められることは多くはありません。
さらに言えば,いわゆるダブル不倫であって,他方の配偶者には知られていないなどの事情があれば,それを秘匿にしておきたい方が交渉上は不利になりますし,また,早期に解決したい事情があれば,やはり交渉では不利となり,そのような事情があれば慰謝料の金額が上がっていくことになります。
いずれにせよ,個々の事案において慰謝料の金額をピンポイントや小さな誤差で算出することなど不可能であり,また,交渉の過程で折り合いがつくべき慰謝料額が変化することもあります。
回答・反論のバリエーション
慰謝料の請求をされた場合の回答や反論には様々なバリエーションがあります。法的なものもあれば事実上のものもあります。
①~⑤が典型的なもので,②以下は,慰謝料の支払義務自体を否定する回答となります。
これらのうち,どのような「カード」が自分にはあるかを見極める必要があります。
①慰謝料の支払義務自体は認める
決定的な証拠をつかまれているなどのため,慰謝料の支払義務を否定しようがない場合があります。
このような場合は苦し紛れに否認しても相手方の感情を逆撫でするだけなので,潔く慰謝料の支払義務自体は認める方が賢明です。
そのうえで,慰謝料額を抑えたり,支払方法や付随的な約束の取りきめ方に意を注ぐことになります。
②「そもそも不貞・不倫の事実がない」
不貞行為の事実それ自体を否定します。
不貞行為は,法的には,男女の肉体関係があることを意味しますので,そこまでの関係になければ不貞行為と評価されることはありません。
もっとも,不貞行為の事実はなくとも,不適切な親密な関係が認められれば,それによって婚姻関係が脅かされたとして慰謝料の支払義務が認められることもあります。
③「婚姻関係にあることを知らなかった」
婚姻関係にあることを知らずに関係を持ち,しかもそのことについて過失がなければ,不法行為とは評価されず,慰謝料は発生しません(もちろん,不貞の他方当事者はこのような言い逃れはできません)。
単身赴任その他の事情で別居していたり,結婚指輪を付けていなかったりすると,もっとも,不貞行為の事実はなくとも,不適切な交遊関係が認められる場合は,それによって婚姻関係が脅かされたとして慰謝料の支払義務が認められることもあります。
④「婚姻関係が既に破たんしていた」
婚姻関係が既に破たんしていたのであれば,その婚姻関係を法的に保護する必要はないため,その一方当事者と男女関係を持っても慰謝料の支払義務が発生するような不貞行為とは評価されません。
少なくとも一方が離婚を求めての別居が既に長期化している,離婚協議中や離婚調停中で他方も離婚自体には応じる意思を示しているといった場合は,婚姻関係が既に破たんしていたと認定されることが考えられます。
他方,たとえ一方が離婚を求めたり,婚姻関係が悪化していたとしても,形式的には同居が続いていたなかで関係を持った場合は,その時点で婚姻関係が既に破たんしていたことを証明することは極めて困難です。
⑤「時効が完成している」
不倫・不貞行為に基づく慰謝料請求権は法的には不法行為に損害賠償請求権であり,この不法行為債権については,民法によって3年の期間の経過によって消滅時効にかかると規定されています。
この消滅時効期間が経過してしまっている場合は,消滅時効を援用することによって,慰謝料請求を拒むことが考えられます。
3年という時効期間は,不倫・不貞の事実とその相手方の双方を知った時からカウントが始まります。
その後も不倫・不貞が継続していたとしても,これらを知った時から時効は進行しますので,注意を要します。
不倫・不貞の十分な証拠を集めようとして,あるいはふたりの関係を見極めてからにしようなどとして,発覚してからもすぐには慰謝料請求しないこともあり,行動が遅れてしまうと不倫・不貞が続いているにもかかわらず,もはや慰謝料請求ができないという事態もあり得ることになります。
もっとも,そのような場合であっても,不倫や不貞によって婚姻関係が破たんして離婚が成立した場合は,離婚慰謝料を求めるときは,この離婚成立時から時効期間がカウントされます。
和解・合意する場合
金額面や支払方法について折り合いがついた場合,その合意内容を書面化することが望ましいです。
特に「清算条項」は必須で,これがなければ,追加の支払を求められるなどして,紛争が蒸し返されるおそれがあります。
「甲と乙は,本合意書に定めるほかには甲乙間には何ら債権債務がないことを相互に確認する。」というような条項のことです。
そして,分割払の場合は無理な条件は禁物です。
「期限の利益の喪失条項」と言って分割払を怠った場合は残金を一括して支払うこととなり,また遅延損害金を付されることもあります
無理な約束をして,たちまち期限の利益を失ってしまい,強制執行されるような事態は是が非でも避けたいところです。
また,「口外禁止条項」を設けることで,事実関係や和解内容が不用意に第三者に拡散されることを阻止することができます。
さらに,相手方から,不貞相手とは今後連絡をとらないという約束を求められることが少なくありません。
もっとも,職場が同じであるなどのため,仕事上の連絡や接触が不可欠であるようなケースもあり,その場合は,取り決め方に注意を要します。
そして,これらの約束に違反した場合の違約金の取りきめをするケースもあります。
その違約金が高額に設定されることもあり、将来,その有効性に疑義が出ることもありますが,またトラブルになることもあるため,高額な違約金の取りきめには注意が必要です。
慰謝料の支払が分割払となったり,少し先になるような場合,合意内容を公正証書とすることを相手方から求められることがあります。
公正証書に「強制執行認諾約款」というものを設けることによって,不払いがあった場合に直ちに強制執行ができるというメリットが相手方に生まれます。
このように敢えて公正証書にするメリットは相手方にあることから,この公正証書の作成費用の負担を相手方に求める余地もあります。
訴訟を提起された場合
話し合いでは折り合いがつかず,相手方から訴訟提起されることもあります。
また,時には,話し合いによる解決の機会を与えられることなく,いきなり訴訟提起されることもあります。
請求額が140万円までであれば簡易裁判所の管轄となりますが,140万円を超えると地方裁判所の管轄になります。
そして,どこの裁判所になるかというと,慰謝料を請求する側の住所地のある裁判所で起こされるのが一般的です。
その裁判所が遠方となると,訴訟対応の負担が生じることになります。
最近は電話会議やテレビ会議といったシステムもありますが,少なくとも尋問期日には裁判所まで出向く必要があります。
訴訟になった場合は,さすがに相手方も弁護士を付けていることが多く,,それまで本人で対応していたとしても,やはり弁護士を付ける方が賢明です。
主張・立証のしかたなどによって結果が大きく変わってしまいます。
そして,これらを誤った場合,途中から弁護士を付けようにも,取り返しがつかないケースもあります。
訴訟が提起された場合,裁判所から,訴状や書証の副本ととも期日呼出状が送られてきます。
そこでは,1か月ほど先にの日時に第1回口頭弁論期日が指定され,その1週間前までに答弁書を提出するよう求められます。
裁判所から書面が送られてきたうえに,期日まで指定されていて,しかもその1週間前に答弁書の提出期限まで切られているため,動揺する人も多く,そのため,何も手に付かなくなる人もいます。
しかし,裁判所から通知が届いた時点からでも十分な準備の時間はあると受けとめることが大切です。
答弁書を1週間前までに提出することは,法的な義務ではなく,それはあくまでも望ましいということであって,実際には期日当日までに答弁書を提出すればよいのです(期日に出頭するのであれば,答弁書の提出すら必須ではありません)。
そして,あらかじめ答弁書を提出すれば,被告の方は第1回口頭弁論期日は欠席することができるのです。
最初の期日は,被告の都合などを全く聞かずに一方的に指定されるためで,期日に欠席しても答弁書を提出していれば,その期日に答弁書どおりの陳述がなされたものとして扱われます(これを「擬制陳述」と言います)。
しかも,第1回期日までにしっかりとした答弁書の作成が間に合わないときは,答弁書には,とりあえず,
- 請求棄却を求めること
(2)「請求原因」などとして訴状に書かれていることに対する認否や反論などは追って行うこと
だけを記して期日当日までに提出しておけば,第1回期日には欠席しても問題はありません。
この場合は,準備書面のなかで,1か月ほど先に指定される次回期日までに実質的な認否・反論をすればよいことになります。
したがって,いきなり訴状が届いたとしても,焦ることなく,自分にフィットした弁護士を探しつつ,準備を進めていけばいいのです。
訴訟になれば判決は避けられない?
話し合いでは解決ができずに訴訟になったからと言って,判決まで行くとは限らず,むしろ,判決まで行かずに和解が成立して解決することが多いです。
訴訟外で代理人間で協議をして和解することもありますが,訴訟のなかで裁判官が間に入って和解が模索されて「訴訟上の和解」が成立して訴訟が終了するのが一般的です。
訴訟前には和解ができなかったにもかかわらず訴訟になると和解ができるのは,やはり最終的な判断権者が和解を進めていくという点が大きいです。
「和解ができずに判決となっても,このような判決になる。」という方向性が明確に示されたり,示唆されたりすれば,それ以上審理を進めても結果が変わらないとなると,和解がまとまる機運が一気に高まります。
訴える側も訴えられる側も,訴訟の当事者として訴訟が続いていること自体がストレスであり,できれば早く終わらせたいと考えるのが通常です。
そのため,ある程度結果が見えてくれば,その線での解決を考えざるを得ないです。
判決が出てもそれで解決するとは限らず,どちらかが控訴すれば「第2ラウンド」(提訴前から数えると「第3ラウンド」と評することもできます)が待ち受けていることになりますが,そこまで争いを続けたくないのが本音であることが少なくありません。
そして,法廷で当事者らの尋問が行われる前がまずは和解のチャンスとなります。
テレビドラマで観ていたような公開の法廷での尋問というのはできることなら避けたいところであり,また,尋問が実施による感情的な対立が更に激化する前ということで冷静な判断が期待できるという面があります。
もっとも,この尋問直後もまた,和解の話が一気に進むタイミングでもあります。
尋問を経ることによって「法廷で言いたいことが言えた。」という感慨を持って一定の満足感を抱くことがあります。
また,尋問によって裁判官の心証が固まるため,これまで以上に判決予想が明確に提示されることがあり,「どうせ判決となっても・・・。」という判断から和解の可能性が高まります。
和解で終わる場合は「和解条項」が定められた「和解調書」が作成されます。
真の解決,少しでも納得できる解決のためには,この和解条項をどうするかにも細心の注意を払う必要があります。
お金の支払方法や支払を怠った場合の取りきめのほかにも,さきほどご説明したような訴訟前に合意で解決する場合と同様,今後連絡をとらない,口外しないなどといった取りきめをすることがあります。
この和解に基づく義務をその後背負っていくことになりますので,和解条項を詰め切るところまで気を抜かないことが大切です。