たかが呼称、されど呼称 -事件の相手方をどのように呼ぶか-
弁護士の業界では、書面で事件の相手方を「●●氏」と称することが一般的ですが、私は「●●様」又は「●●さん」と称することが多いです。
そのように称しているのには、理由があります。
弁護士から手紙が届いたとき、大抵の人は驚きますよね。
もし思い当たることがあったとしても、平常心でいられる人は少ないはずです。
おそるおそる開いてみて、見知らぬ弁護士が自分のことを「●●氏」などと呼んで、法的手続きをとることなどが書かれていれば、「けんか腰」と感じ、感情的になられる方もおられるでしょうし、威圧されてしまい、冷静に読むことができないという方もきっといらっしゃるはずです。
とりわけ、自身の名前は、生まれてから数限りなく様々な人から呼ばれ親しんできているだけに、どのような内容の書面であるかにかかわらず、自身が「●●氏」といった堅苦しい呼称で書かれていること自体に違和感を持たれる方も少なくないでしょう。
相手方と全面的に対峙することが最初から決まっているような事件では、相手方にどのような印象を与えようと、さして気にする必要はないのかもしれません。
しかし、離婚事件の場合は、事件の相手方が「正面から対立し争うべき相手」であるかというと、違うのではないかと私は考えています。
というのも、離婚事件は「勝ち負け」という単純な価値基準で割り切れるものではないからです。
離婚事件のゴールは、夫婦ともに離婚することに納得し、夫婦で築いた財産等を清算したり、子どもがいる場合は子どもの利益の観点から養育費や面会交流を取り決めたりすることにあります。
どのようなゴールが適切であるかは、他人が一概に決められるものではなく、夫婦双方の考えや価値観を反映しながら、事件ごとに見いだす必要があります。
そのためには、相手方とただ対峙するのではなく、対話し、ときには協調することすらも必要となる場合があります。
しかし、相手方と深刻な対立関係が生ずると、感情のぶつけ合いになり、双方が消耗しながらもなかなか決着できない「泥仕合」の様相を呈することになります。
したがって、離婚事件において相手方との間で対立が激化することは、必ずしも望ましいことではありません。
そこで、決して敵対したいわけではなく、双方にとって望ましい解決を話し合いたいという意図を少しでも汲んでもらうために、事件の相手方であっても、「●●様」や「●●さん」といった呼称を用いています。
むろん印象は呼称だけで決まるものではありませんが、最初に受け取った書面から受ける印象というのは、一般の方にとって、我々が想像する以上に重要ではないかと思うのです。
依頼者の方は、依頼している弁護士が(ときに強い憎しみの対象である)相手方に対して丁寧な呼称を用いることに違和感を持たれるかもしれませんが、以上のような考えや意図によるものであることをご理解いただけると幸いです。
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