コラム 43 家庭は誰のもの?-なぜお父さんがいないの?-

 

コラム 43 家庭は誰のもの?-なぜお父さんがいないの?-  2016/4/28






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 京都家庭裁判所の玄関脇に母子像があります。
 母親の膝の上に子どもが座っている像で,台座には「家庭に光を 少年に愛を」という言葉が刻まれています。

 今から十数年前の司法修習生だったとき,2週間の家庭裁判所修習のために初めて京都家庭裁判所に行きました。私は,玄関近くにあった母子像を見て「ああ,家庭裁判所っぽいな」と感じました。
 
 2週間の家庭裁判所修習の最終日,修習生と裁判官の懇談会がありました。
 裁判官が「質問でも感想でも気軽に話して下さい」という言葉があり,修習生が順番に発言しました。
 
 修習生仲間のMさんに順が回ったとき,Mさんは「裁判所の玄関にあるのが,なぜ母子像なのですか?」と質問しました。

 Mさんの発言に,裁判官,修習生一同がキョトンとしました。
 Mさんは続けます。「あの,家庭ってお母さんと子どもだけのものじゃないのに,家庭裁判所にお母さんと子どもの像だけあって,なぜお父さんの像がないのかなと思って…」

 私自身,初日に母子像をみて「家庭裁判所っぽいなあ」と感じていたので,Mさんの質問に目が覚める思いがしました。

 母子像の台座には,「家庭に光を 少年に愛を」と刻まれていますが 家庭に光を与えまた家庭において光を受ける存在であるのは,お父さんも同じはずです。
 子どもに愛を与え,子どもと愛情を育むのもお母さんだけなのでしょうか?

 家庭裁判所の母子像の前を通るたびに,私はMさんの言葉を思い出しています。

弁護士 辻 祥 子


 

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